更新:2011年12月15日
取材記録
公開日: 2004-05-01 / 最終更新日: 2004-08-01
西本が radiofly.to/wiki に執筆したものを2009年9月に転載しました。
以後数多くの自主映画作品にプロデューサー,制作,小道具,キャスティングなどで参加。 2003年より映像制作集団Little Jumboに参加。映画製作の他, 演劇や下北沢アッドカフェでの定期上演会のスタッフとして活動中。
2000年より非営利グループRADIOFLYを主宰し,インターネットラジオ番組を制作。 1999年京都にて為公史氏の主宰する「茶のゆ工房」に参加。 2004年東京・谷中の魅力を情報通信技術で伝えるプロジェクトApproachYanakaに参加。
為公史(ため・まさひと=陶芸家・茶人)と「紫香楽のもり」の活動を映像で追う。
** 記録 -2004年5月 信楽で撮影開始(第1回ロケ) -2004年7月 信楽の火祭りを撮影(第2回ロケ) ** 為公史(ため・まさひと)のプロフィールと活動 -1952年 大阪市にて生まれる -1976年 京都仏教大学卒業 -1976年 裏千家入門 淡交会青年部にて茶道活動を始める -1977年 陶芸活動を始める -1980年 信楽隠遁生活 自然の中で電気ガス水道のない生活を始める -1983年 大阪池田に茶室ギャラリー陶芸教室を開く -1984年 信楽で「火まつりキャンプ」を開始する -1986年 信楽に穴窯を築く -1988年 陶芸教室に障害者教室を併設 -1990年 信楽「火まつりキャンプ」が「子供の国キャンプ」に発展する -1995年 生徒ハートフル対象受賞 1996年日本障害者展金賞 -1998年 京都吉田山・茂庵で森の学校「茶のゆ工房」を始める -1999年 京都吉田山・茂庵で茶室「田舎席」改築プロデュース及び工事を手がける -2000年 京都吉田山・茂庵で「時間旅行 真茶坊の茶の湯とうつわ展」 -2001年 「森のプレーパーク」(子どもと遊びのねっとわーく八尾)に参加する -2003年 チャイルド工房(モンテッソーリ幼稚園)無尽蔵にて「茶のゆ工房」及び幼稚園講師 -2003年 『紫香楽のもり』に「あーどきんだー」完成 古民家移築作業を開始 -2004年 『紫香楽のもり』村作りに着手する 地域通貨『ヘソ』を導入する **茶の湯とは(為氏の言葉より) 目に見えるものと目に見えないものを紡ぎ、心と暮らしを各々の心と物に創る。 茶道の作法は一つの在り方ではあっても宇宙の真理ではない。 お茶会はお稽古の延長ではない。 「茶の湯」とは、湯を沸かし、茶を飲む、日々の暮らしのすべである。 潤いのある暮らしのすべを説くが「茶の湯」なり。 誰のために茶会を開くのか。 この茶会で何を表現するのか。 何を使って表現するのか。 個にとって、茶のあるべき姿というのがなければ、茶にならない。 どういう暮らし、人生をしたいかによって、どういう茶をするかが決まってくる。 個が真に個の真理に向き合ったとき、はぐくまれていくのが茶の湯である。 茶の湯には、本質とか、真の姿などは、ないのである。 もし茶の湯に真の姿とか、本質をいうならば、茶の湯の中になく、 茶の湯をするその人の中にある。 その人の暮らし生きている姿が茶の湯に表現されているに過ぎない。 茶の湯はそれをとても表現しやすい空間と時間である。 ** 企画意図 「スロー」「ゆっくり」という言葉に「人間らしい生き方」 を模索する試みが拡がりつつある。 この数年で「スローフード」「スローライフ」はすっかり市民権を得た。 さらに「スローワーク」の考え方も提案されている。 (田中夏子,杉村和美:現場発スローな働き方と出会う,岩波書店,2004) 田中らは「スローワーク」の定義および特徴として -質が高く、吟味されていること -人々の暮らしを破壊しない働き方であること(持続可能性) -社会にむけて発信カのあること -ゆっくり、楽しく、テンポよく(自発性) などを挙げている。 我々は、 「方法」としての「ゆっくり」 の持つ潜在的なパワーがどのようなものなのか、 子供と大人が理解できる形で具体的に描いてみたい。 為氏はこの映画の主役ではなく「方法」である。 この映画の主役は「子供」であり、 「茶の湯」「茶碗」であり、 「信楽の風景」であり、 「モンテッソーリ教育」である。 為氏はこれら主役を描くための「レポーター」であり、 「カメラのレンズ」に過ぎない。 しかし我々は「優れた説得力を持つレンズ」としての為氏に期待し、 この映画を企画した。 ナレーションは為氏が自ら行う。 ポストプロダクションでのナレーション追加は行わず、 字幕も最小限にする。 ただし、字幕によって外国人に理解できることを目標にする。 この映画では子供を描く。 子供が理解できて楽しめる映画を目指している。 しかし、子供に理解できるからと言って、 主役たちが抱えているメッセージは安易なものではない。 信楽では人と風景の関わりにおける「ゆっくり」が、 国分寺では人と人の関わりにおける「ゆっくり」が描かれる。 「ゆっくり」はプロセスの在り方の定義である。 「ゆっくり」は名詞でも動詞でもなく「副詞」である。 いまなぜプロセスが重要なのか。 それは「答えはあらかじめ与えられている」という 時代が終わってしまったからであろう。 外部から与えられるものではない「答え」は、 どうすれば得られるのか。 それは「コミュニケーション」「対話」によって、 個人が、組織が、それぞれの答えを作り上げていくしかない。 必要なのは「ゆっくり」という「方法の冒険」なのだ。 方法としての「ゆっくり」を、 「スロー」という言葉が流行するずっと前から実践し続けてきた為氏は、 「ゆっくり」を描く 「最高のレンズ」であると確信する。 それがどれだけ価値のあるものなのか、 その判断は観る人にゆだねられるであろう。 2004-05-01 Takuya Nishimoto (RADIOFLY) ** 為さんからの手紙 -為さんからにしもっつにときどき届く情報: -- 2005年5月に行われたワークショップ報告の第1版。 《茶のゆワークショップ IN 大東市立青少年野外活動センター》 生駒の山頂近くの隠れ里。余人をはばかるようにその場所 はあった。大東市立青少年野外活動センター。 何かとんでもないことが起こった。というおぼろげな。起こりそうな。曖昧なもの、心 模様、時、空間、風、景色、聲、揺らぎ、陽射し、何かしらが流れた。 茶の湯の歴史の中に新しい1ページを、加えなければならない実感がした。 『茶道を習わなくても茶の湯は成立する』。 理論的には、当たり前のことだが、実感してみると、中身は深い。